FC2ブログ

雨にも負けず

雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち 慾はなく 決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず
野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい

先日この詩を読んでて、二人ですごいねーと言い合ってた。
彼はおじいちゃん子なんだけど、こういう人だったんだって。
「おれもじいちゃんみたいになりたい」って。
でも美味しいものを食べたいとか、服が欲しいとか、お金がほしいとか
そういった類の欲深い感情がある度に「慾はなーく!」と言い合うぐらいで、
全く行動はできず。


そんなある日、私が通っているサックス教室の先生が丁度こんな話をしていた。

千手観音はなんであんなにいっぱい手があるか知ってるか?
あれは一人でも多くの人を助けようとしているからなんだ。
私たちのこの手は、1本で100人とか、それ以上の人を助けることができる。
千手観音は多くの人を助けるためにあんなにいっぱい手がついているんだよ。
それを思うと、今の日本や世界は、自分の利益・エゴ、
少し広げても自分の少し回りの人たちの利益の事しか考えていない。
このままじゃどんどんおかしくなっていく。

私はこの話を聞いたとき、「宮沢賢治だ!」って思って。
この人も宮沢賢治派だ!って。

家に帰ってその話をしたらね、彼に
「ricoちゃん、宮沢賢治はあの詩で『人助けをしたい』ことが言いたい訳じゃないんだよ。」
って言われた。
私は「そうとらえてるわけではないけど、そこまで違うの?」って感じ。

「慾を持たず、善の行動をする人」ニュアンスは違うけど
(書いててもかなり違うのはわかってます!)そんなだと思ってた。

彼「違う。あの詩は、誰の中にも存在していて、かつ誰も支配していない、
そんな、空気のような人になりたいって言っているんだよ。
おれは近しい人の利益しか考えられない人だって別にいいと思う。
わかる?存在が薄いわけではないんだよ。
誰からも気に止められなくていいんだけど、
誰の記憶の中にも入り込む、圧倒的な存在感があるんだ」

ひゃあ~すごく難しい。
そういうひとに わたしはなりたいとかなりたくないとか考える以前に、
そういう人の存在をイメージするのに精一杯になってしまう。

「おれのじいちゃんはそうだった」

私はもっともっと上に行かなきゃいけないと、くだらねーことうだうだ
やってたらいつまでたってもその場の足踏みで終わってしまうと
いつも考えさせられてしまいます。

Comment

2008.06.23 Mon 00:14  |  ありがとうございます

いえいえ、コメントとても嬉しいです!

相手が話しているところと同じ世界にいなければ、
私のようにこんなに下手な解釈になってしまうぐらい、
言葉を理解することって難しいのですね。
私は今回、彼の言ったことを文章にしたことで、
やっと理解できたように思います。

無理かなあと思っても、理解できているなら
この詩を「覚えている」ってだけで十分変われると思います!
そういうわたしもこれからなんで。

  • #-
  • rico
  • URL

2008.06.22 Sun 00:02  |  はじめまして

初めてコメントさせていただきます。
その彼の言ってることってなんとなく分かります。
そういう存在の人って素敵だなって思うと同時に
でも、私には無理なのかなって思ってしまうんですけどねi-229
いきなり訳の分からないコメントすみませんi-182
なんか急に感銘を受けてしまって・・・i-229

(編集・削除用)
管理者にだけ表示を許可

Trackback

URL
http://3lunch.blog103.fc2.com/tb.php/29-24f6c309
この記事にトラックバック(FC2Blog User)

Twitter

popiporo < > Reload

プロフィール

rico

rico
2010年5月29日、4歳年下の彼と結婚。翌年9月26日に男の子を出産しました。

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

最近のコメント

最近のトラックバック

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

Copyright © rico